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NPで振り返る、2015年Ⅳ~“リテラシー”編~

大分さぼってしまった。
すでに、年末ぎりぎりだ。

正直に白状すると、毎日のニュース、コメント含めて膨大な情報が大河のように流れ続けるNPを、年間通じて振り返る等ということは容易ではなかった。いや、不可能だ。

要は、膨大な情報を絞り込む“視点”が重要だが、これを定めるのがまた難しい。
そこでとりあえず、絞り込みキーワードを思い切って“リテラシー”としてみる。

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◆“リテラシー”とは?

リテラシー、簡単に言うと、基礎知識だ。
ニュースを理解するに当たって、その分野のリテラシーが不十分だと、実に効率が悪い。
いや、それだけでなく、まったく頓珍漢な理解をしてしまう。
さらには、頓珍漢なコメントをしてしまう(笑。 これが、恥ずかしい。
もっとも、多少調子のはずれたコメントくらいなら、誰でもやっている。それに、サイト自体がそれを前提に成り立っているとも言えるので問題ない。
そう、それはNPにおいては想定内、いやむしろサイト活性化要素でもあるのだ。

しかし、リテラシーになんら進歩がないというもの、またまずい。
成長のない人生なんて一体なになるのかという、哲学的問題が発生してしまう。
フローのコメントをナレッジとしてのストック増大につなげるのでなければ、それは単なる刹那的快楽主義だ。
日々膨大に流れゆく情報を受け止める度量、それは差し当たりリテラシーとしての知識基盤だ。
我々NP民が、これも日々膨大に投入するNP閲覧&操作時間を、いかにしてニュースから知識を吸収し、自己の知見量を増大させる豊かな時間とするか
リテラシーをキーワードに、考えてみたい。

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リテラシー不足は、コメントにどう影響するか?

今年頻繁に登場した記事の例として、「労働時間」「働き方」をテーマとするものがある。
そこには、どんな問題が含まれるか?
単純に労働時間問題に始まり、ブラック企業等のコンプライアンス問題とつながって、個々人のキャリア形成への影響、さらには生産性経営効率の問題へと波及する、なかなか根深い問題だ。

とりあえす、10/26掲載、「こんなに働く時間を減らして、日本企業は世界で勝てるのか?」という記事を見てみよう。

https://newspicks.com/news/1219891?ref=user_713126

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こういう記事が出ると、必ず「労働時間は短い方がいい」、「いや、長くても問題ない。いい成果を出せるかどうかだ」といったコメントが乱立する。
立場は違えど、ピッカーの大勢は主に「生産性」もしくは「仕事のやりがい」に着眼している。

しかし、そもそも議論の前提となる「労働時間」とは一体何か、どう規定されるのかという基本的な点になると、多くの人が途端に怪しくなってくる。
そこが、リテラシーだ。

労働時間については、労働基準法で次のように決められている。
 ①週40時間以内(週休2日なら1日8時間) ※これを超えてはならない。
 ②36条協定という労使協定を結べば、残業命令も可能
 ③残業させたら、一定の割増を行った時間単価で、時間外労働手当の支給が必須
 ④しかも、残業時間は厳密に管理・算定することが必須
 ⑤残業させられる時間にも上限があり、例えば1か月なら40時間以内が原則

つまり、どんなに高尚な議論を展開しようが、上の前提条件を踏まえていなければ全く無効。実現性のない空理空論に過ぎなくなってしまう。

 

◆「ブラック企業」とは?

労働法絡みでは、ワタミはじめとしてブラック企業関係のニュースも多かった。

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ブラック企業の求人は門前払いに 来春からハローワーク』(※12/26掲載)
https://newspicks.com/news/1318278?ref=user_713126

職安=ハローワークが、いわゆるブラック企業に対して、その求人掲載を停止する措置を取るという内容だ。
こういう記事が出ると、コメント欄には、ほぼ必ず次のようなコメントが乱立する。

 -「そもそも、“ブラック”の基準って、なんなの?」
 -「ブラックの定義が曖昧なまま、こんなことしていいのかな?」
 -「闇雲にブラック企業っていうレッテル貼るのは、よくない」

キーワードの概念をきちんと見極めようとする姿勢それ自体は、極めて尊い。
しかし、この場合は、はやりリテラシー不足が影響している。

世に流通する「ブラック企業」の定義とは、法令違反が常態化し、組織の体質として定着している企業ということだ。
類義語の「ブラック職場」「ブラック労働」「ブラックバイト」も同様。
ここで、なぜ定義を問い直してしまうかと言えば、定義の根幹である“法令”そのものに自信がないからだ。
その軸をしっかり持っておけば、そこからの派生語である「ブラック」(つまり、半法令)も、迷わず使える。

もっとも、たしかに「ブラック企業」自体、法令に定められているわけでない。
この場合は、記事内で「違法な長時間労働や残業代を払わないといった違反を1年間に2回以上、労働基準監督署から是正指導されるなどした企業」と定義が補足されているので問題ない。

しかし、そうでない場合もあろう。

そういう場合は、法令知識を日ごろから活用してニュースを見たり、自己の見解を表明することで培われる“常識的感覚”が重要になる。
人の態度として、法令に書かれていることを参照しなければ何も判断できず何も行動できない、というのが実は一番まずい。
判断基準や定義について、可能な範囲で法令的な検証を行いながらも、最終的にはそれを含めて自分の中の“常識的感覚”で主体的に判断する。これが、大人の態度というものであろう。

以上が、まずは初歩の初歩ということになる。
つまり、最低限のリテラシーがあれば、公衆の面前で取り返しのつかない恥をかいたり、ピッカーとしての信頼性棄損だけは回避できる。

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リテラシーの拡大

では、リテラシーを押さえるスタンスを持っておくと、他にどんなメリットがあるか?

例えば、上に列挙した労基法の基本事項の中の⑤、残業時間の上限について。
これは、労基法そのものではなく、厚生労働省が出している「指針」という文書に書かれている。
では、この「指針」とは何か?

これを理解するには、そもそもわが国の法制の構造を理解する必要がある。
労働基準法は、言うまでもなく労働や雇用に関する基本法、法律そのものだ。
ところが、大体において法律自体には、具体的なことがあまり書かれていない。
それを補うのが、政府が定める「政令」。労基法の場合は、労働基準法施行令だ。
さらにその下には、管轄省庁が定める「省令」があり、労基法の場合は、労働基準法施行規則という。

しかし、ここまで3つもの法規範の階層を積み重ねても、現実社会で起こる事象に対応するには不十分なのだ。
そこで、管轄省庁からは、判例等を踏まえて、現実社会で頻繁にトラブル等が起こっている事象への「解決策」や補足的な規範を、局長級による「通達」という形でたびたび発信している。
ところが、通達はあまりにも沢山あり過ぎて徹底しないので、時々それを体系的に整理して「指針」という文書にすることがあるわけだ。
残業時間の上限に関わる基準は、まさにその「指針」に書かれている。

整理すると、法制とは、法律⇒政令⇒省令⇒通達⇒指針の体系ということになる。
なんだか極めてややこしい印象だが、デメリットだけではない。
法令がこういうふうに現実社会を規制しているという構造は、他の法律分野でも同じだからだ。
要するに、労基法のリテラシーをモノにすれば、わが国の法体系の構造を一緒に理解できる。つまり、非常に大きな“応用力”を手に入れることにつながるわけだ。

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◆経営、企業組織へのアプローチ

VW東芝で起こった組織ぐるみの不正、これも、今年のニュースを振り返るときに忘れられない事件だ。

ここに至って、既に東芝は会社としての存続が怪しくなってきている。
※『東芝 大規模リストラ 5500億円の最終赤字見通し』(12/21付)
https://newspicks.com/news/1310369?ref=user_713126

既に、8月以来、東芝については70以上コメントした。
一方、問題の広がりとしては、遥かにVWの方が大きいものの、こちらはここへ来て立ち直りの気配だ。
※『独VW、不正再発防止策導入へ 取締役の関与は認められず
https://newspicks.com/news/1293814?ref=user_713126
VWの経営層や、さらに黒幕のEUは巧妙に追求を逃れ、既に立ち直りに向けて着々を動き出している。
やはり、「巨悪」とは、いつの世にも安泰のもののようだ。

これは、あまりにも大きな事件であるため、もちろんそこに孕まれる問題も単一ではないが、その中でも格段に大きな要素は、会社という組織の統治=ガバナンスに関わる問題だ。
一体会社はどう統治されるべきか、不正はいかに監視すれば防げるのか、そもそも企業組織を統治するとはいかなることで、どのようなルールの下に行われているのか?
問題は深く、これをトータルに理解するには、かなり幅広いリテラシーが必要となる。

企業統治を思い切り単純化すると、次の2つの機能に分けることができる。

 ①戦略立案・事業推進と業績向上(※要するに、普通の意味での経営)
 ②経営監視・監督(※つまり、経営への牽制機能だ)

この二つの要素が不可分一体に結びつくことで、企業統治、コーポレート・ガバナンスは成り立っている。

さて、大分長くなったので、後は次回以降にしたい。
ただ、いつまでもだらだら続けも意味がないので、「2015振り返り」に関しては、次の2テーマで完結と予告しておく。
もっとも、年を跨ぐことは、すでに必定であろう(笑。

 振り返り5回目:『人材管理からコーポレート・ガバナンスへ』
 振り返り6回目:『企業経営と知識マネジメントの彼方へ』

 

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